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“Bias”~アメリカでのメディアリテラシー教育(太一)

(以下は2007年7月に書いた記事です。)
 
私はカリフォルニアのベイエリアに留学経験があるのですが、そこでの留学生教育(英語教育が中心ですが、アメリカの文化なども勉強します)で一つ感心したことがありました。
 
英語教育の一環として、テレビ、新聞、ビジネスマンの講演などを見て、英単語や要旨などを書き出すという練習があるのですが、その中に必ず「Bias」という項目があるんです。
つまり、その主張をした記者などの意見の「偏り」を、必ず見つけてきてください、ということです。
 
ベイエリアはアジア人やヒスパニックの多い場所で、白人達も差別には細心の注意を払っていますから、そう簡単に自らの思想の偏りを悟られないように工夫しています。
その偏りを英語力の乏しい留学生が見つけるのは至難の業ですが、それでも見つけなさい、というのです。
 
ある女性教師はリベラル、日本で言えば左翼に分類される人でしたが、その人は
「全てのマスコミの報道にも、そして私の意見にもBiasは必ずあります。だからどんな些細なBiasでも探してください。」
と言っていました。
同じ左翼でも、日本の左翼の傲慢さと比べると、えらい違いですね。
 
 
この話はあくまで留学生教育の話ですので、必ずしもアメリカの義務教育で子供相手にこういう教育がなされているとは限りませんが、しかし「Bias」という単語がよく使われているという現状からして、日本よりもメディアリテラシー教育が進んでいるのではないかと想像できます。日本でそれに当たる言葉(偏り、偏向など)がそれほど頻繁には使われません。
 
日本では、自分の立ち位置を明確にすることを恐れ、「自分は公平」とうそぶく人が多いように感じます。
 
 
余談ですが、「リベラル」という用語、日本では一般に「いい意味」でしか
捉えられていませんよね。しかし本国アメリカでは、
「奴はリベラルだからな(苦笑)」
のような、悪い意味で使われやすいとのことです。アメリカでは保守派がリベラルを批判するのも日常茶飯事のようです。
つまり批判が双方向を向いている、「批判の平等」が実現されている訳です。
 
そう考えると、日本での左翼を示す「リベラル」「市民派」などが、良い意味でしか使われていないという点自体が、非常にメディアによる一方的な「洗脳」の強さを表しているということになりますね。
 
そういう意味で、日本のマスコミは「暴君」だと断言できます。
 

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