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「それでもボクはやってない」~出来のいい洗脳映画(太一)

(以下は2008年2月に書いた記事です。)
 
日本の映画賞を総ナメにした「それでもボクはやってない」が
明日、地上波で初放送されます。
筆者はこの映画を既に見ていますので、
一足先に感想と意見を述べさせていただきたいと思います。
ネタバレはほとんど書いておりませんので、ご安心を。
 
まず感想ですが、
筆者は男ですので、この映画の加瀬亮演じる主人公に完全に感情移入しました。
終盤、主人公の友人が怒って裁判所を出て行くシーンがありますが、
そこも同じように怒りたいくらい共感しました。
 
周防監督が長年の準備期間を経て作った映画だけあり、
映画としては完成度が高いと言えますが、
「私がそう感じたという事実」こそ、この映画の危険性を物語っています。
 
この映画も一つの表現物ですから、公正中立である必要はありませんが、
この映画がこれだけ高い評価を得ていて、実際映画の出来が良いだけに、
映画を見終わった人達の感想を見ると周防監督にかなり感化されている人が
多いので、その危険性を指摘したいと思います。
 
 
<周防監督の主張に賛成できる点>
 
本題は一度置いておきまして、最初に周防監督に結果的に賛成できる点から。
賛成できると言っても、周防監督とは全く視点が違いますが。
 
1、痴漢事件に関して、冤罪が発生しやすい空気
2、警察、検察の捜査・取調べのずさんさ
 
1については、ある裁判官の話によると、
痴漢事件は無罪を指摘しにくい空気があるそうです。
やはり女性団体の圧力から、メディアがこのような件に関する
「女尊男卑」の空気を作っているからでしょう。
 
2については、私は民主党などが求める「取り調べのビデオ公開」に賛同します。
この映画のようなずさんな取調べによって冤罪が作られる危険性はあります。
 
もう1つ、周防監督と違う観点からの指摘ですが、
ビデオ非公開は、被害者の人権にも害を及ぼすということです。
本村さんが被害に遭った殺人事件もそうですが、
非公開のままですと、取調べの妥当性を証明する手段がありません。
 
刑事裁判において、弁護側はどんなケースでも
「被告人は取り調べで人権侵害を受け、無理矢理書かされた」
とワンパターンの主張を繰返すことができ、裁判は遅延され、
被害者の人権が侵害されるのです。
 
ただし、「取り調べのビデオ公開」には1つ留意点があります。
それは後ほど述べたいと思います。
 
 
<周防監督の主張への批判>
 
この映画の問題点は、大きく言って3点あります。
 
3、痴漢冤罪事件の問題点を、他の検証なしに
 「刑事裁判全般の問題」として広げていること
4、人権派弁護士を善人に、被害者寄りの裁判官を悪人に、
  被害者保護を訴える人をバカとして描いていること。
5、日本の刑事裁判の「有罪率」99.9%ばかり強調し、諸外国よりも
 「量刑」が軽い、また刑事起訴のハードルの違いを隠蔽していること。
 
 
3についてですが、最初にも述べましたが、痴漢事件に限って言えば、
何でも有罪にしようという流れがあり、
それに批判的な筆者は周防監督と近い立場になります。
 
しかしこの映画のように可愛そうな痴漢冤罪被疑者の目線から、
日本の裁判制度全てを通じて、検察と警察を悪者に仕立てることは、
犯罪被害者の人権保護という観点から危険と言わざるを得ません。
 
さらに巧妙なことに、4のように、被疑者の人権を重視する
所謂「人権派弁護士」を、映画では非常におだやかな人格者として描いています。
役所浩司演じるベテラン弁護士がそれです。人権派弁護士という存在が、
犯罪被害者にとっては悪魔のような存在に見えるという視点を、
全く無視しています。客観的に見ても、
安田弁護士の態度と役所浩司では正反対と言わざるを得ません。
 
一方、被害者の人権を重視する人達を全て悪役かバカに描いています。
ここが「洗脳映画」たる所以です。
 
まずはベテラン人権派弁護士(役所)の後輩の女性弁護士(瀬戸)は最初、
「被害者の人権を守ることが使命」とムキになって先輩に反論します。
そして事件を通じて先輩人権派弁護士の意見に徐々に感化され、
今度は逆に被疑者保護の方に感情的になっていきます。
いかにも未熟者に描かれていますし、瀬戸朝香のムキになる表情が
元・被害者保護弁護士に信頼性がないと言わんばかりです。
 
また、途中から被疑者の揚げ足をとる裁判官(小日向文世)が登場します。
これが冷酷で嫌な男に描かれており、ここにも恣意性を感じます。
例えば、被害者保護のために情の厚い裁判官に描くことも可能だったはずです。
(それでも冤罪の被疑者にとっては悪に見えるはずで、
その方が問題提起としては優れていたはずです)。
 
それから、被害者の尋問の際に仕切りを置くことを、
「最近の被害者保護の声によってやっているが、これでどこが公開裁判なんだ!」
という傍聴席からの批判の声が聞こえます。
ここでも「被害者保護の声」を「悪者」として描いているのです。
 
最後の5は、周防氏の一番上手な洗脳テクニックと言えます。
自分に都合のいい数字だけ持ち出し、日本の刑事裁判における
被害者無視の実態を隠蔽しているのです。以下の2点を隠蔽しています。
 
a、日本の刑法は「量刑」が非常に軽く、被害者が「やられ損」な実態があること
b、日本の検察の「起訴のハードル」の高さ(有罪になりそうなものしか起訴しない)
 
aですが、いくら有罪になっても量刑が少ないのですから、
被害者の「やられ損」感覚は強烈であり、被害者の人権を無視しています。
またbですが、例えばアメリカでは証拠さえ揃えばとりあえず起訴し、
裁判で決めようという方針があります。
日本では有罪にできるものしか起訴できないんだから、
有罪率が高いのは当たり前です。
 
このように、有罪率だけを単純に比較するなど、短絡的にもほどがありますが、
周防監督は反論を見事に隠蔽し、そのことが伝わらないよう工夫しています。
この点からも、「非常に危険な洗脳映画」と言わざるを得ません。
 
また映画の最初が、
「10人の真犯人を逃そうとも、1人の冤罪を作ってはならない」
という趣旨の言葉から始まります。
これは実際に法曹界で言われている格言の1つですが、一般の感覚からして、
10人の真犯人を逃すことに平気な顔をしているのは、
被害者の人権を軽視していると感じるでしょう。
そうした反論にも一切触れられていないのがこの映画です。
 
つまり、「国家権力に立ち向かう司法」という「特殊な視点」による格言を、
さも「全ての真理」であるかのように、観客を洗脳しようとしているのです。
 
 
さて、最初に述べました「取り調べのビデオ公開」の1つ留意点ですが、
公開に関して、警察と検察が反対しているそうなのです。
その理由が、「それでは有罪にもって行くことは不可能だから」とのことです。
 
そのような理由があるままでの、単純なビデオの公開には反対です。
それでは犯罪被害者の人権を無視することになるからです。
 
どうして、外国ではビデオを公開しても犯罪者を有罪にできるのに、
日本では公開すると有罪にできなくなってしまうのか。
おそらく刑事訴訟法などのどこかに欠陥があるのでしょうけど、
この問題を解決することが、まず先ではないかと思います。
 
それを解決した後に、取り調べをビデオ公開にすべき、
というのが筆者の立場です。
 

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