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「正当な総理批判」と「総理いじめ」の違い(太一)

(以下は2009年7月、自民党政権から民主党政権に政権交代した時期にブログに書いた記事です。)

解散総選挙が目前に迫っていますが、麻生いじめの熱狂は頂点に達しつつあり、
「麻生いじめ狂想曲」とも言うべき事態になっています。

さて私はよく、最近の総理、特に安倍、麻生などの総理大臣に関し、
マスコミの批判のあり方を「総理いじめ」と表現しています。
大半の人は、「総理を批判するのはマスコミの当然の責務であり、いじめとは違う」
と仰るでしょうが、私は確信を持って「総理いじめ」だと主張しています。

それでは「正当な総理批判」と「総理いじめ」はどこが異なるのでしょうか?
簡単に言えば、
「総理について何かしら悪く言わなければならない空気があるかどうか」
「異論を言える空気があるか」
「それ以外の批判もなされているか」
という違いです。

そういう意味で、現在の麻生叩きは「総理いじめ」だと断言できます。

私は麻生氏の人間性について言えば、元々それ程好きではありません。
それでも冷静に見て、これは明らかに「総理いじめ」だ、と言っているのです。

麻生総理の側にも原因がある?

当たり前のことです。
いじめられっ子は皆、それなりにいじめられる原因はあります。

しかし原因があれば「いじめ」は正当化されるのでしょうか?
それなら日本中の「いじめ」は全て正当化されるでしょう。

こんな世の中で、どうやって「いじめはいけない」と子供に言えるんでしょうか?
いくらいじめを悪だと言われても、いじめっ子からすれば、
「あいつは麻生みたいなもんだから」と考えれば、あらゆるいじめは正当化されますよ。

この国の大人に、「いじめを減らそう」という気がない
ということが改めて分かりました。
なぜなら日本の大人自身が何より「いじめ」が大好きであって、
映画、ドラマ、スポーツなど全てを超える、一番の「娯楽」となっているからです。
今年の流れで言えば今はWBCも終わってだいぶ経ちますし、
麻生いじめこそが「最大の国民的娯楽」になっています。
(いじめがなくならない大きな原因は、いじめが「楽しいから」だと言われています)
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